事例の概要
医療・福祉分野のある法人で、退職した元従業員が、在職中に得た患者情報を外部に持ち出したとして摘発された事例です。持ち出された情報には、個人を特定できる情報が含まれていました。
医療機関特有の話に聞こえるかもしれませんが、会員情報や契約者データなど、機微な個人情報を大量に抱えるサービス業全般に共通して起こり得る構図です。裁判では有罪判決が言い渡され、刑事責任が確定しています。組織の規模や業種を問わず、同種のリスクは起こり得るものといえます。持ち出された情報の性質上、被害を受けた側の不安や影響は、他の情報種別に比べても大きくなりやすい点も特徴です。
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何が起きたのか

元従業員は、在職中にアクセスできた患者情報を、私物の記録媒体を通じて外部に持ち出していました。持ち出された情報は、名簿として第三者に売り渡されたのではなく、元従業員自身の転職先の担当者が患者に直接連絡を取り、自らのサービスへ切り替えるよう促すために使われていたとされています。対象となった人数は数千名規模にのぼるとされています。
ここで多くの読者が抱くのは、「そもそも私物のUSBメモリが業務端末で使える状態だったのか」という疑問でしょう。本来、私物媒体の接続や書き出しは、ルールで禁じると同時に、システム側で使えないようにしておくべき領域です。
この組織にも私物媒体の取り扱いに関する取り決め自体はあったと考えられますが、書き出しを技術的に止める仕組みまでは行き届いておらず、「禁止しているつもり」と「実際に使用停止が徹底されている」との間に乖離があったと推察されます。
この種の抜け道は、規程を整えた組織ほど「その点は対策済み」と認識してしまうため、かえって点検の対象から外れやすいという厄介さがあります。
情報の持ち出し自体は日常的な業務の中で違和感なく行われていたとみられ、特別なシステム的権限の悪用があったわけではありません。本人がどのような経緯で私物媒体を使うに至ったかは、公開されている情報だけでは判断がつきませんが、権限も特別な技術も要らないまま情報が外に出ていったという構図は、権限管理だけでは防ぎきれないリスクの存在を示しています。
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なぜ気づけたのか
発覚のきっかけは、情報を持ち出された側の患者から寄せられた、不審な勧誘電話についての問い合わせでした。気づかせてくれたのは社内の仕組みではなく、外部からの一本の電話だったことになります。そして、そこに至るまでに要した時間は1年近くにおよびます。
持ち出された情報が組織の外で使われ、その影響を受けた本人が不審に思い、さらにその声が組織に届くまで、誰も異変に気づいていません。
つまり、1年近くのあいだ、患者情報は組織の管理が届かない場所に置かれ続けていたことになります。しかも、この期間は組織が能動的に絞り込んだ結果ではなく、問い合わせが届くまでの偶然に左右されたものでした。仮にその連絡がもう半年遅れていれば、気づけない期間もそのまま半年延びていたはずです。
これらの状況から、組織内のシステムでは、私物媒体への書き出しを制限する仕組みが十分に機能していなかったとみられ、外部からの指摘以外に異変を知る手段が事実上なかったといえます。情報へのアクセス・持ち出しの状況を操作ログから継続的に把握するような仕組みがあれば、この1年近い空白を、外部からの通報を待たずに縮められた可能性があります。
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現場担当者への示唆

個人情報を日常的に扱う現場でまず確かめたいのは、私物の記録媒体が「使ってはいけないもの」なのか、それとも「そもそも使えないもの」なのかという点です。ルールとして禁じられているだけで、業務端末に差せば読み書きできてしまう状態であれば、実質的には禁止されていないのと変わりません。「たぶん制限されているはず」という思い込みのままにせず、自部門の業務端末で外部媒体への書き出しが実際に止まっているのかを、情報システム部門に確認しておくことが重要です。
一方で、業務の実態として外部媒体でのデータの受け渡しが避けられない場面もあります。すべてを一律に塞げば現場が回らなくなり、私物端末や個人アドレスへの迂回といった、より見えにくい抜け道を生む可能性があります。
だからこそ、現場から挙げるべき要望は「例外を認めてほしい」ではなく、「誰がいつ何を書き出したのかが記録として残しても良いので、例外を認めてほしい」であるべきです。具体的には、外部媒体を使う業務を洗い出して申請の様式に落とし込み、申請の有無と実際の書き出しの記録を後から突き合わせられる状態にしておくことです。そして、退職や異動が決まった時点で、貸与端末に接続された媒体の履歴を上長と一緒に確認する手順を、引き継ぎのチェックリストに組み込んでおくことも重要です。
いずれも、担当者個人の記憶や心がけに頼らず、仕組みとして回る形になっている点が要点です。なお、こうした構図は医療・福祉分野に限った話ではなく、顧客の会員データや契約者情報を大量に保有する一般企業でも、退職者による情報保持という形で同様のリスクとして起こり得ます。
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管理者への示唆

発覚まで1年近く――この期間を、どうとらえるかが重要です。情報持ち出しを発覚させたのは患者からの通報という偶然であり、私物記録媒体(USBメモリ等)の使用状況そのものを社内が能動的に捉えていたわけではありませんでした。この1年近くは「気づけていなかった期間」として扱うべきものです。
前提として、私物媒体への書き出しは、運用ルールで禁じる前に技術的に止めておく領域です。とはいえ、現場の業務が外部媒体に依存している場合、一律の遮断は業務の停滞や、より見えにくい迂回行為を招きます。そのため、制御をどこまで効かせるかを部門ごとに線引きしたうえで、制御しきれない範囲は検知で受け止めるという役割分担を曖昧にしないことが、管理側の実務になります。
私物記録媒体(USBメモリ等)の接続・書き出しログ、患者情報システムへのアクセスログ、通常とは異なる規模のデータダウンロードのログを継続的に監視する仕組みがあれば、外部からの通報という偶然に頼らずに済んだ可能性があります。私物媒体の利用ルールも、情シス部門だけで運用しきれるものではなく、部門長や人事担当も含めた横断的な体制があってはじめて実効性を持ちます。特に、退職予定者に対しては、退職前後のアクセス状況を重点的に確認する運用が有効です。
ただし、医療・福祉の現場では患者情報の参照や印刷が日常的に行われるため、アクセスログだけでは異常検知が困難です。加えて、合法的なデータ移行作業と不正な持ち出しの区別も、実運用上の課題となります。
「私物媒体の接続」「大量アクセスと大量ダウンロードの組み合わせ」「退職予定者による夜間アクセス」といった複合的なシグナルをもとに、通常業務と異なる行動を把握し、異常行動との区別を行う仕組みを導入することをお勧めいたします。
なお、ここで挙げた検知の考え方は、患者情報に限らず、顧客名簿や会員データを扱う業種全般に共通して適用できる視点です。偶然の通報に依存しない体制は、制御と検知の線引きを部門ごとに決めたうえで、それぞれに適した対策を講じることから始まります。
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まとめ
個人情報の持ち出しは退職という節目をきっかけに起こることがあり、その発覚が、情報を持ち出された側からの指摘に委ねられてしまうケースも少なくありません。
ただし、外部からの声はいつ届くかを選べないため、それを早期発見の主たる手段に据えることはできません。私物媒体の利用について、ルール上で禁じているだけなのか、それとも技術的に使えない状態になっているのか。あるいは、利用を認めている場合には、誰がいつ利用したのかを確認できる記録が残る形になっているのかなど、この機会に、あらためて自社の情報管理体制を確認してみることをおすすめします。
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