
【前編】有事の広報はどうあるべきか|ナフサ供給不安と出光興産「日章丸」の気概から模索するBtoB企業のネット論調との向き合い方
近年、社会インフラを支えるBtoB企業において、一般消費者(toC)に向けた広報のあり方が問われています。このコラムでは、中東情勢に伴うナフサの供給不安を事例に、有事の際に事実のみを伝える「淡白な事実ベースのリリース」が招くSNS上の風評リスクについて解説します。
過去の歴史的な偉業から、BtoB企業が有事に果たすべき社会的責任を学びつつ、次回の「トイレットペーパー騒動」の事例を紐解き、これからの危機管理広報のあり方と、ネット論調との向き合い方について皆様と共に模索していきたいと思います。
大手お菓子メーカーの事例に見るフェイクの拡散

本題に入る前に、時流の話題を一つ取り上げたいと思います。2026年5月、大手お菓子メーカーが主力商品のパッケージを当面の間、白黒の2色に変更すると発表し、SNSやメディアで大きな話題を呼びました。
この異例の措置の背景にあるのは、中東情勢の緊迫化によるパッケージ印刷用インクの供給停滞です。インクの原料には原油から精製される「ナフサ」が使われており、海上輸送の混乱によって深刻な打撃を受けています。同社は商品の安定供給を最優先し、苦渋の決断として当面のパッケージ仕様変更に踏み切ったとされています。
しかし、この「国際的なサプライチェーンの危機」という深刻な事実は、SNS上では瞬く間に別の形へと変容してしまいます。
パッケージが白黒になったことで、SNS上では「葬儀」を連想させるといったネガティブ投稿が相次いだほか、あたかも白黒パッケージの商品がスーパーに陳列されているかのようなフェイク画像が流布拡散しました。 事態はネット上のジョークに留まらず、大手スーパーが公式SNSで「自社店舗での当該モノクロパッケージの取り扱い・販売の事実はない」という異例の否定声明を出す事態にまで発展しました。
これは、企業からの発表の裏にある「透明かつ冷静な事実」が消費者に正しく認識されなかったことが引き金となり、SNS上の憶測やフェイクが企業活動に深刻な悪影響を及ぼした典型的な事例といえます。
ナフサ供給不安に見る、BtoB企業の広報対応がもたらす社会的影響

大手お菓子メーカーの事例でも浮き彫りになった「ナフサ」の供給不安ですが、これはプラスチック製品から塗料、建築資材に至るまで、私たちの生活の根幹を支えるインフラ素材の危機でもあります。
この時、一部の化成メーカーが取った広報・顧客対応がSNS上で大きな波紋を広げました。BtoB企業であるため、広報活動は通常、直接の取引先である法人顧客に向けたものが中心となります。そのため、「中東情勢の緊迫化等によりナフサの調達環境が急変している」といった淡白な事実ベースのリリースや、取引先に対する値上げ通知が中心となりました。
大手数社の価格改定通知の文章構成はおおよそ以下のようなものでした。
- 外部要因: 中東情勢の緊迫化・悪化による調達環境の不安定化
- コスト高騰: 原油やナフサ(石油化学製品の主原料)など原材料価格の急騰、エネルギーコストや物流費の上昇
- 自助努力の限界: 企業側でも経費削減や合理化(自助努力)を進めたが、それだけでは吸収しきれない限界に達したこと
- 目的: 今後の「安定生産・安定供給」を維持するため
しかし、現場で汗を流す事業者にとって、インフラ素材の急激な価格高騰や供給不安は死活問題です。SNSでは、休日に突然値上げ通知を受け取った事業者から「材料代が跳ね上がり、現場を動かすほど赤字になる」「施工店を潰しにきている」といった切実な声が投稿されました。
さらに議論は企業への不満にとどまらず、「国は在庫を確保したとしているのになぜ便乗値上げを放置するのか」「現場が止まれば上流も干からびる」といったサプライチェーン全体への不信感にも広がり、炎上拡散に繋がりました。この傾向は執筆時点の5月中旬においてもX(旧Twitter)を中心に継続して見られています。
価格改定を発表した化成メーカー複数社のリリース文は前述した文章構成が基本となっており、標準的かつ過不足のない内容と言えます。
しかし、有事における広報対応では、「何を伝えたか」だけでなく「どう受け取られるか」が重要になります。特に今回のように、生活インフラや現場の事業継続に関わるテーマでは、企業側の説明が合理的であっても、受け手の不安や切迫感との間に温度差が生まれやすく、その乖離が風評被害の長期化や企業イメージの毀損につながる可能性があります。
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【歴史談義】出光興産「日章丸事件」に見る企業の姿勢

ここで、有事における企業の「姿勢」や「気概」について考える上で、あえて本題から少し脱線する歴史談義をお許しいただきたいと思います。石油や化学産業の「有事」と聞いて、筆者が個人的に思い起こさずにはいられない出来事があります。1953年(昭和28年)に起きた「日章丸事件」です。
この事件があった1953年当時は、日本は敗戦の傷跡が深く残り、主権を回復した直後のことでした。当時の日本経済は、産業の血液である石油の供給を海外の巨大資本に完全に握られ、不当に高い油価での取引を迫られていました。
こうした状況のなかで、出光興産株式会社はひとつの決断を下しました。当時、イランの石油国有化(1951年)に反発したイギリスによって原油輸出阻止による経済制裁を目的にホルムズ海峡の封鎖をされ、国際的にも孤立無援だったイランから、石油を直接買い付けるという判断でした。
イギリス艦船との無線連絡に見る毅然とした態度
イギリス艦隊に見つかれば臨検や拿捕の可能性があり、最悪の場合は撃沈される危険すらある、まさに命懸けの極秘航海でした。そうした緊張のなかで、大型タンカー「日章丸」は行き先を伏せ、ホルムズ海峡を目指し航行を続けました。その途中、日章丸に対し、イギリスの駆逐艦からは無線で停止命令が下されました。
イギリス駆逐艦: 「停船せよ。さもなくば、臨検(強制的な立ち入り調査)を行う。従わない場合は、発砲も辞さない。」
これに対し、日章丸は怯むことなく、以下のように毅然かつ冷静な回答をしたと伝えられています。
日章丸: 「本船は国際法を遵守し、公海を航行中である。貴艦には本船を停船させるいかなる法的権利もない。よって、本船は予定通り航路を維持する。もし貴艦が発砲すれば、それは平和な商船に対する不当な攻撃であり、国際的な違法行為とみなす。その責任はすべて貴国にある。」
圧倒的な武力を前にしても決して自らを偽らず、毅然と正当性を主張する。この姿勢を貫いた結果、日章丸は監視網を突破し、満載の石油とともに日本へ奇跡の帰還を果たしました。
この出来事は、単なる歴史的な成功談として語られるものではありません。そこには、社会インフラを担う企業として、自社の役割をどう認識し、危機のなかでどう行動するのかという社会的使命感がありました。
出光興産のスピリットを参考に、今後の危機管理広報に「積極性」を
もちろん、厳格なコンプライアンスが求められる現代の企業広報において、かつてのようなリスクを顧みない発信を推奨しているわけではありません。炎上対策はもはや現代の危機管理広報に必須であり、平時と同じように、冷静かつ正確な情報を伝える姿勢も欠かせません。そのうえで、社会インフラを支える責任の大きい企業であればあるほど、有事には一歩踏み込んだ対話の姿勢を見せる余地があるのではないでしょうか。
なぜ供給に影響が出ているのか。企業として何を優先すべきなのか。社会に対してどのように安定供給の責任を果たそうとしているのか。そこまで丁寧に発信することが、結果として消費者の不安を和らげ、「便乗値上げではないか」「本当は何かを隠しているのでは」といった風評の拡大を抑えることにもつながります。
危機時の発信は、企業ブランドを守るための防御だけではなく、信頼を積み上げる機会にもなりえます。その意味でも、出光興産が当時示した姿勢には、いまの企業広報に通じる示唆があるように思います。
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後編に向けて:BtoB企業に求められる認識の転換
これからのBtoB企業に求められるのは、直接の取引先への責任を果たすだけでなく、その先の社会や一般消費者がどのような不安を抱き、どのような情報を求めているのかを深く理解して対話を行う認識の転換も、重要になってきています。
次回のコラム(後編)では、こうした課題に対する一つのヒントとして、1970年代のオイルショックと2020年のコロナ禍で発生した「トイレットペーパー騒動」の事例を取り上げます。未曾有のパニックにおいて、企業や政府がどういった風評対策で事態の収束を図ったのか、「視覚」に訴えかける戦略の重要性について深掘りします。
有事の風評被害対策・SNSモニタリングならエルテス
適切なタイミングで効果的な広報を行うためには、市場や消費者が「今、何に対して不安を抱いているのか」を正確に把握する必要があります。

エルテスでは、インターネット上の論調を継続的に把握する「Webリスクモニタリング」を通じて、リスクの兆候を早期に可視化しています。さらに、今回で取り上げたような大衆心理や社会の空気感を踏まえながら、専門チームが状況に応じたリスク判断や対応方針の整理をサポートします。
SNS上の声を把握するだけでなく、その背景にある不安や誤解を読み解きながら、企業としてどのようなメッセージを、どのタイミングで発信するべきかまで見据えて伴走できることが、エルテスの強みです。有事における広報対応や危機管理体制の強化をご検討の際は、お気軽にご相談ください。
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まとめ
有事によって社会不安がつのる際には、時として企業が想定を超える風評の流布が発生する事があります。そのなかで求められるのは、「必要な情報を、必要なタイミングで、社会に向けてきちんと伝える」という姿勢に加え、自社の社会的責任に則した積極的な危機管理広報です。情報発信が過剰である必要はありませんが、説明すべき局面で適切に言葉を届けられるかどうかが、信頼の維持にも風評被害の抑制にも繋がります。
有事の広報は、単なる危機対応ではなく、企業として社会とどう向き合うかが問われる場面でもあります。変化の大きい時代だからこそ、平時から情報の見極めと発信の準備を整えておくことが、これからの企業にとって一層重要になっていくのではないでしょうか。






